間取りと家族構成は似ている

我が家は私の両親と私の3人暮らしでした。事情があり、セカンドハウスが必要になった為、自宅とは別に戸建ての家を探していました。その為、価格は抑えてある程度の間取りが必要で、駐車場があることが条件でしたから、手頃な物件はなかなか見つけられませんでした。 値段と間取りが丁度良いと思った物件を下見に行くと住環境が好ましくなかったり、駐車場があるはずなのに、狭い階段しか見当たらなかったり、地図上では確認できるのに現地に行くと家が見つからなかったりと、家探しそのもので苦労しました。 やっと我が家の条件に適した物件を見つけ、不動産屋さんに連絡して内覧させてもらう所までこぎ着けました。緑の瓦屋根が可愛い家で、私は外観をとても気にいりました。まだ家の持ち主が居住しているため、家主立ち会いの下で内覧させて貰いました。丁度そのとき家主の娘さんが出かけるところで、軽く挨拶をして家の中に入れて貰いました。 娘さんは一人っ子で、家族3人暮らしだということで、我が家と家族構成が全く同じでした。部屋を一つ一つ丁寧に見せてくれ、「ここは主人が使っています」とか「ここは娘の部屋です」と教えてくれました。そのときは「そうなんだぁ」程度にしか思いませんでしたが、結局我が家も元の家主と全く同じ使い方で部屋を使用することになりました。間取りが決まっていると家族構成が同じ場合は使う人が同じになるのだと後から実感しました。 ただ、元の家主はとても沢山の家財を持っていて、一つの部屋は大きな衣装ダンスが入っていて内覧のときにはその部屋は窓は一つしかないのだと思っていました。引き渡し後にその部屋を見たら、タンスのあった場所は大きな窓でした。折角の窓を潰してしまうように家財を置いていた理由は分かりませんが、風通しなどを考えて我が家は窓を利用するような家財の置き方にしています。 内覧のときには家具の後ろがどうなっているのか、窓があるのか、壁なのかも家主に聞いた方が後々驚かないですむと思います。

最初の引越しの思い出

これまで何度か引越しをしましたが、一番思い出深いのはやはり初めての一人暮らしをするために実家を出たときのことです。 わざわざ遠くへ行くことはない、第一一人暮らしなんて危険だ、と言って最後まで私が家を出るのに反対していた父が、不機嫌そうに引越しを手伝ってくれたのを覚えています。 本当は嫌でしたがお金もなかったので、父の運転で荷物を実家から東京まで運びました。 道中無言の父の助手席で「早く東京につかないかな」と思っていました。 「狭いな」と開口一番、六畳一間のアパートの部屋を見回した父が言いました。確かに、田舎の家と比べると狭い部屋でした。 こんな場所で、一人で明日から過ごせるのか不安になりました。 やはり父の言うことを聞いて、地元の大学に進学すれば良かったかなと弱気になりました。 しかし、家を出なければ新しい道は開けません。 荷物をおろしてさっさと家に帰って行く父の車を見送りながら、泣きそうになるのを我慢しました。 父に反発する気持ちがあったからこそあの時頑張れたのだと思います。 今はもう父とも元通り仲良くなり、そんなことがあったことも忘れてしまいました。でも、何年かに一度引越しをする時に段ボールの積み上げられたがらんとした部屋を見ると、最初の引越しのことを思い出します。 子どもを持って、父のあの頃の気持ちが理解できるようにもなりました。 いつか自分の子どもが家を出るときは、私もあんな気持ちになるのかなあと思います。